「ダイバーズウォッチ」と聞いて「自分には関係ない」と思う方もいることかと思います。ダイビングもマリンスポーツも縁遠い…となれば、機能性に長けたスポーツモデルよりもスマートなドレスモデルを選ぶのは自然な考え方かもしれません。しかしもしあなたがエレガントよりも力強さを求めているとしたら、実はダイバーズウォッチは高適合の選択肢。中でも世界屈指の高性能を誇るロレックスの『シードゥエラー』についてご紹介しましょう。
『シードゥエラー』とは?
高級腕時計ファンにおいて、ロレックスといえばオイスターケースを連想する方も多いはず。牡蠣殻のように頑丈に閉じられたケースは90年以上前の1926年に産声を上げ、翌1927年、15時間余りにもわたるドーバー海峡横断の偉業に同伴し、一切の狂いなく動き続けていたという驚異の成果は、ロレックスを一躍防水時計のパイオニアへと押し上げました。
そこから端を発して生まれた「サブマリーナー」は、高級ダイバーズウォッチの中でも絶対的存在と言われるほど名の知られた逸品です。1953年に100m防水型を発表し、最新モデルは300m防水を達成。群を抜いた堅牢性だけでなく洗練されたデザイン性も人気の高い理由です。
しかし1960年初頭、「サブマリーナー」の高い性能と圧倒的な信頼をくつがえす出来事が起きました。それによって生まれたのが『シードゥエラー』なのですが…その前に、ロレックスについてもう少しご紹介いたしましょう。
腕時計メーカーのトップランナー、ロレックス
高級腕時計といえばロレックス。かつての日本では富を得た多くの人々がこぞって着用、消費し、その性能について語られるよりもブランド名が独り歩きしていたのは否めません。
バブルが弾けたあとも資産トロフィーのような偏見がつきまとっていましたが、現代においてようやくそのイメージが払拭されつつあります。すなわち高性能、高精度、洗練されたデザインに対する畏敬の念です。
もともとロレックスとは腕時計開発における卓抜した発明家でした。先述のオイスターケースに加え、自動巻き機構を実用レベルにまで押し上げたパーペチュアルローター、午前0時付近で瞬時に日付が切り替わるデイトジャスト機構。これら三点こそ、ロレックスが腕時計業界にもたらした三大発明と言われています。
また、それらを上手く宣伝するブランディング戦略に長けていたことも忘れてはいけません。常に時代が欲するものを汲み取り、真摯に開発に突き進む職人的な鋭さ。これこそがロレックスの真の姿であることは、もはや疑う余地はないでしょう。
ロレックスの飽くなき挑戦
ロレックスのモデルを大別すると、ドレスモデルとスポーツモデルに分けられます。
ドレスモデルはあくまでエレガントさとスマートさを重視し、その中に安定した技術力を組み込んだもの。バブル期のロレックスと言えばこちらを思い浮かべる方が多いかも知れませんが、その容姿を今あらためて眺めると風格漂う上品さをたたえているのは一目瞭然。その姿に見合ったスマートな着用が美しく映えるのは言うまでもありませんね。
一方のスポーツモデル。こちらもまたデザイン性において劣るところはありませんが、回転ベゼルのついたモデルや遊び心のあるカラーリングを擁したモデルが多く、「エクスプローラーⅠ」などの例外を除き方向性が異なることは見て取れることと思います。
そしてなによりスポーツモデルは、モデルごとに与えられた機能性において飽くなき追究がなされています。『シードゥエラー』においてそれは深海に至るまでの防水機能。「海の居住者」と名付けられたこのダイバーズウォッチは、今現在もその限界に挑戦し続けているのです。
『シードゥエラー』について知ろう!
1961年、フランス・マルセイユにコメックスという潜水作業専門会社がありました。海洋調査、水中作業を専門に請け負うこの会社はロレックスの「サブマリーナー」に厚い信頼を寄せており、作業ダイバーたちの装備としていました。
しかし1960年代前半、コメックスのダイバーが作業を終え水上へと浮上する際のこと。装着していたサブマリーナーの風防が吹き飛ぶ事故が起きたのです。コメックス社の報告を受けたロレックスが調査したところ、原因はケース内側からの膨張でした。
100m以上の深海に潜り長時間作業を行うためには「飽和潜水」という技術が必要なのですが、それには人体への潜水時の負担を軽減するため、また作業時間を増やすための事前準備が実施されます。複数人で専用の加圧室に入り、ヘリウムと酸素を混ぜた混合ガスの中で呼吸ガスを切り替えながら、徐々に圧を加えていくことで深海の環境に適応していくのです。
この準備は数時間から数日単位で行なわれるものですが…時計もまた同様に、内部には酸素とヘリウムガスが入り込んでいきます。それによって高い水圧で保たれていた時計内部ですが、作業終了後、水深が浅くなるにつれ圧力のバランスが崩れてしまうのです。そう、風防を割ったのは膨張したヘリウムガスでした。
原因を解明したロレックスはコメックス社と「ヘリウムガス・エスケープ・バルブ」の共同開発を行い、「サブマリーナー」に搭載しました。「COMEX」のロゴを文字盤に刻印したコメックス専用モデル・Ref.5514です。しかし、それ以降「サブマリーナー」にヘリウムガス排出機能は搭載されませんでした。
実はロレックスはコメックス社の風防破損事件より以前から、有人深海潜水艇バチスカーフ・トリエステ号と協力し、巨大な水圧を想定した時計「ディープシー・スペシャル」を開発していました。トリエステ号とその船体に取り付けられた試作機「ディープシー・スペシャル」は結果として深度10,916mの潜航を達成し、2012年まで破られることのない驚異的な世界記録を樹立します。
これらのデータと技術を結集し、生まれたダイバーズウォッチ。それこそが初代『シードゥエラー』Ref.1665です。当時の「サブマリーナー」200m防水を大きく突き放す610m防水とヘリウムガス・エスケープ・バルブ機能は、まさにプロフェッショナル仕様と言うほかないでしょう。
スキューバダイビングの最大水深をご存知ですか?
ところで、プロダイバーでもなく潜水艦の乗組員でもない場合、海に潜る機会はレジャーが主ではないでしょうか。ダイビングウォッチと言う以上、スキューバダイビングが真っ先に思い浮かぶところですよね。
スキューバダイビングの最大水深は30mです。特別な訓練を経た場合は40m潜水までが許可されている範囲。さらに専門的な訓練を積めばテクニカル・ダイビングという100m潜水まで可能なようですが、そこまで入り込む人は多くはないでしょう。
610m防水となると果たして、手に余ると感じるのも無理のない話ではあります。しかし『シードゥエラー』が一流の技術の結晶であること、王道すぎる王道『サブマリーナー』とは異なるダイバーズウォッチであること…などを鑑みるのは、大いに価値のあるものではないでしょうか。
重いって本当?装着に関して知っておきたい長所と短所
ダイバーズウォッチといえば名実ともにカジュアルなアイテムであるのは確か。スーツには合わない!という意見が根強い一方、ジェームズ・ボンドがポジティブなイメージを切り拓いてくれた、という意見もあります。果たしてどちらが正しいのでしょうか?
結論から言うと、これに関しては装着する人の年齢、職業、スタイルなどによって分かれます。高級ダイバーズウォッチとスーツの組み合わせが織りなす遊び心を覗かせた力強いカラーは、容認を前提とした上での装着によって強い個性を演出することが可能と考えるべきでしょう。
また、『シードゥエラー』最新モデルRef.126600のケース径は43mm、厚みは約16mmと存在感抜群です。その重さ約200g。後述のディープシーモデルにおいてはさらにサイズ感が増しています。この頼もしさを長所と取るか短所と取るかは、大きく個人差が出るところではないでしょうか。
大きな分岐点、ディープシーでさらなる深海へ
2014年に発表されたRef.116600と最新モデルは1,220m防水を達成しています。しかし2008年に発表された「ディープシー」の名を戴くRef.116660は、驚異の3,900m防水を誇る歴史的モデルとして新たな革新を巻き起こしました。今年2018年にはセカンドモデルが発表されたばかりです。
『シードゥエラー』歴代モデルをご紹介
それではここで、『シードゥエラー』の各モデルをご紹介しましょう。(以下の参考価格は「かめ吉」https://www.kame-kichi.com/を参考にしています。販売店によって価格は前後します)
ディープシー10周年の集大成!:Ref.126660(2018)
参考価格:¥1,472,980
モデルの上では『シードゥエラー』と同カテゴリではあるものの、性能や外観などで大幅に違いを見せるディープシー。その二代目にして最新作がこのRef.126660です。ディープシー初代であるRef.116600から飛躍的に変貌を遂げたわけではなく、堅実なマイナーチェンジがなされています。
もっとも分かりやすい点はキャリバーの変更です。旧型では約48時間だったパワーリザーブを約70時間にまで進化させました。ブラックダイアルの通常モデルに加え、深い青のグラデーションが美しいD-BLUEダイアルモデルがあります。
『シードゥエラー』50周年記念モデル:Ref.126600(2017)
参考価格:¥1,529,850
初代『シードゥエラー』であるRef.1665には、文字盤のモデル表記が赤文字で記されている「赤シード」と呼ばれる稀少モデルが存在しています。
レアヴィンテージとして高い需要を誇っていたこの「赤シード」が『シードゥエラー』50周年を記念したRef.126600として蘇ったという事実は、発表時多くのロレックスファンを沸かせました。
また、「サブマリーナー」にあって『シードゥエラー』にはなかった「サイクロップレンズ」を初めて搭載したことも話題となりました。デイト表示を拡大するこのサイクロップレンズ、深海水圧に耐えうることができないとみなされ搭載を見送られていたのです。話題性において欠かない点からか、いまだにその需要は高く、新品価格も高騰しています。
製造期間約3年、希少価値必定?別名4000:Ref.116600(2014)
中古参考価格:¥1,469,850
ディープシー発表後に生まれた4代目『シードゥエラー』。最新モデルであった当時は順当に進化した性能と完成度を評価され安定した人気を誇っていたのですが、Ref.126600が最新モデルとなった現在は別の角度から人気を集めています。
それはサイクロップレンズがないという点。すっきりとフラットな風防を好む人々の駆け込み需要もあり、その希少価値は上がっているようです。
飛躍にして革新、初代ディープシー:Ref.116660(2008)
中古参考価格:¥1,489,850
「リングロックシステム」という特殊なケース構造の発明によって誕生した歴史的モデル、それが三代目『シードゥエラー』「ディープシー」であり、Ref.116660はその初代にもあたります。耐水性能はなんと3トンの水圧に耐え、3900m防水を可能にしました。
上回ったのは防水性能だけではなくサイズ感も含まれます。もともと『シードゥエラー』自体が大柄なのですが、先代モデルのRef.16600と比較して4mmも大きいため、所見では圧倒されてしまうかもしれません。
『シードゥエラー』伝説的モデル:Ref.16600(1990)
中古参考価格:¥809,850
製造終了が2008年であり、その製造期間は随一のロングセラーモデルとなった『シードゥエラー』です。ムーブメントの安定性、メンテナンス性が高い評価を受けている他、重量も約148gと今となっては比較的軽量な点など、いまだにその需要は健在。
1000m防水への初到達:Ref.16660(1978)
中古参考価格:¥1,098,950
初代の610m防水からひといきに1,220mへと飛躍したセカンドモデルです。風防もプラスチックからサファイアクリスタルガラスへ変更されるなど、「意欲作」として踏み出した『シードゥエラー』に安定性と堅牢性を備えたこのモデルは、1991年頃まで製造されました。
ロレックスが起こした革命の轍:Ref.1665(1971)
中古参考価格:¥1,949,850(赤シードは¥3,098,950)
記念すべき初代モデルです。「赤シード」の生産数は非常に限られており、復刻した「赤シード」であるRef.126600が発表された今もその価値は衰える様子がありません。そうでなくともモデル自体にプレミアがつき、高額で取引されています。
番外編:『シードゥエラー』のレアモデルって?
『シードゥエラー』のレアモデルと言えばやはりRef.1665の少数生産モデル。先述の「赤シード」のほか、「レイルダイアル」と呼ばれるものが有名です。また、コメックス社のロゴが刻まれたRef.5514は別格の激レアモデル。まず市場に出回らないと考えてよいでしょう。
『シードゥエラー』のメンテナンスとは?
日常生活においてももちろんのこと、スキューバダイビングに伴うともなればやはり気になるのは傷。あまりに深い傷は思い出と割り切るしかないこともありますが、それでも細かい損傷くらいならなんとかしたいものです。ここでは腕時計のメンテナンスについてご紹介します。
腕時計になくてはならないオーバーホール
時計のメンテナンスをオーバーホールと言います。時計の駆動をつかさどる機械部分=ムーブメントをミリ単位以下の手作業で部品単位まで分解、清掃し、まったくの元通りに組み立てて新品同様の性能状態に戻す作業のことを指しています。このとき、細かい傷は研磨によってきれいに、少なくとも目立たなくしてもらうことができます。
もちろん傷だけではありません。堅牢なオイスターケースであろうと経年によってサビや精度低下は起こるもの。内部ムーブメントの精度を保つためにも、3年から5年に一度はオーバーホールを行うべきでしょう。
ベゼル交換について知っておきたいこと
高級腕時計は大切に使えば一生ものとは言うものの、外周にあたるベゼルが傷つきやすいのは致し方ないところ。ベゼル交換はロレックスにて公式に行っているため、気になるようであれば店舗へ持ち込み、正規の部品と交換してもらうのが良いでしょう。
『シードゥエラー』の買取相場、中古販売価格の推移
ロレックスの時計は世界が認める資産価値です。必ず買い取り手が存在すると言っても良く、そのため買取価格も他のブランドと比べて高額に設定されている傾向があります。
最新のRef.126660で¥1,200,000、初代モデルのRef.1665(非赤シード)¥900,000と、買取価格の設定は軒並み高額。低いものでRef.16600の¥680,000ですが、状態によっても異なるため一概に言えるものでないことはご存知かと思います。
また、ロレックスの買取価格は中古販売価格の3分の2とも言われています。ここから大きく跳ね上がることは通常ありませんが、経年によって希少価値が上がる一方…ということも珍しくはありません。購入したいときに気になるポイントであるのはもちろんですが、自分が買い取りを検討するときにも気をつけておくべきでしょう。
マリンスポーツは遊びか挑戦か?無類の安心は『シードゥエラー』にあり
力強い外観と技術力の結晶。それこそがダイバーズウォッチの魅力です。いまさら「サブマリーナー」はメジャーすぎるし…と踏みとどまるのなら、『シードゥエラー』について考えてみるのも良いかもしれません。
もしあなたが直近で深海に潜るような用事がなくても、人間が生存できないような環境でも可動し続ける腕時計、という言葉に歴史と人類のロマンを感じたなら…それは『シードゥエラー』を手に入れる充分な理由ではないでしょうか。